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御朱印を再考する

最終更新: 2019年8月3日




ここ数年でしょうか、趣味が「御朱印集め」だという女性が増えて来ました。

雑貨店や、文具店には色とりどりのオシャレなデザインの御朱印帳がたくさん売られているのを見かけるようになりました。

「パワースポットを再考する」というブログ記事の内容とも重なるのですが、この「御朱印」も本来の意味するところとは離れて、商材化されている側面があったり、スタンプラリー化してしまっていたり...「御朱印集め」というワードを聞く度に違和感を感じざるを得なかったりします。

浅草寺で御朱印を頂くと、以下のような文章の書かれた紙を一緒に渡されるのだそうです。

「ご朱印について」


この頃、神社仏閣に参拝され「ご朱印」を受ける方が大変多くなっております。

これは「ご納経(のうきょう)」とも呼ばれ、その由来は参詣者がお経を書写して寺社に「お納め」することに始まっております。ですから昔は納経帳の右肩の所に「奉納大乗経典(ほうのうだいじょうきょうてん)」と書かれておりました。現在は「奉拝(ほうはい)」という文字となっています。


いつの頃か、この作法が簡略化されて、お写経を納めなくとも参詣の証しとして「ご判」を頂くことになって今日に及んでおります。そして各霊場を巡拝する「巡礼(じゅんれい)」信仰と結びついて盛んになりました。これは観音三十三札所あるいは四国八十八ヶ所を巡礼し、その全部の霊場から「ご判」を頂くと、その功徳によって地獄には堕ちないばかりか、所願も成就するという古来の信仰に基づいているものです。


このような本義から申しますと、お経も書写せず、あるいはお堂に入ってお参りもしないで、ただご朱印だけを集めて歩くということでは、本来の尊い意義を無視してしまうことになり、あるべき姿から離れてしまいます。少なくとも『般若心経』」一巻または『観音経』偈文(げもん)などを書写なさるか、ご宝前で読誦されるなどして、その後に「ご朱印」をお受けになるようにして頂きたいものです。


金龍山 浅草寺


この切実なメッセージをお読みになって如何でしょうか。


神社仏閣側からすると、「御朱印集め」を趣味とする方が増え、同時に寺社を訪れる参拝者も増えることは喜ばしいこととは思いますが、「御朱印」自体が寺社を訪れる目的そのものになり、それが現代人の収集癖を満足させる趣味と化し、その寺社の歴史や謂れや価値がどこか脇に追いやられてしまうのは何とも虚しい現実だと言わざるを得ないのではないでしょうか。


浅草寺からの文書にも書かれていますが、そもそも「御朱印」の起源は「納経帳」にありました。「納経」とは書写した経文を寺社に奉納することで、奉納先の寺社からは経文の請取状が発行されました。江戸時代になると個人が携行している「納経帳」に記帳押印してもらう方法に変わっていった様です。


初期大乗仏教の教典である「法華経」を六十六部書き写し、日本全国六十六国(奈良時代から明治時代初期までの日本の地方行政区分)の、それぞれの国を代表する寺社1ヶ所に「法華経」一部を奉納する行者達を六十六部廻国聖(ろくじゅうろくぶかいこくひじり)といいました。


この六十六部廻国聖が「法華経」一部を奉納した際に、受取の証として寺社より発行されていたのが「納経請取状(のうきょううけとりじょう)」でした。つまり「御朱印」の起源は江戸時代以降の記帳押印タイプの「納経帳」にあり、記帳押印タイプの「納経帳」の起源は六十六部廻国聖に対して寺社より発行されていた「納経請取状」にあるというわけです。


八巻、二十八章からなり69,384文字あるといわれる「法華経」を六十六部書写することも大変な労苦を要することだったと思いますが、六十六部廻国巡礼が盛んだった時代(室町時代など)に全国津々浦々の一宮や国分寺を歩いて巡礼することは至難の業だったと思われます。


巡礼の途で病に伏して亡くなったり、無事に廻国行を終え結縁(けちえん)叶った行者を供養するための「大乗妙典六十六部廻国供養塔」(*大乗妙典とは法華経のことです)などと刻まれた石碑や供養塔が全国に見られます。お住まいの地域や、旅先でこうした供養塔に出会うことがあるかもしれません。


「納経」とは書写した経文を寺社に奉納することでしたが、時代と共に簡略化されていき、仏前で経巻を読誦(どくじゅ)することも「納経」の範疇となっていきます。これが四国八十八ヶ所霊場巡りのお遍路に繋がります(現在の八十八ヶ所巡りでも読誦する場合もあれば、写経した経文を奉納する場合もあります)。また摺経(すりきょう)や納経札を奉納することもありました。


時代と共に簡略化されていくのは「納経」の手法そのものであって、諸国を自らの足で廻る巡礼、巡拝ではありません。自らの身体を酷使して、この世の天下泰平と安寧、また来世での安穏を祈願することにこそ意味があり、それが仏陀の教えと縁を結ぶ尊い行為だったのでしょう。当時は阿弥陀像を納めた長方形の龕(仏像をおさめる厨子のこと。読み方は"がん")を背負って巡礼をしており、まさに巡礼は苦行そのものであったはずです。


こうして「御朱印」の起源を多少なりとも紐解いてみますと、利己的な現世利益にばかり力点を置いたパワースポット巡りの副産物としての「御朱印集め」や、趣味としてのスタンプラリー的な「御朱印集め」という行為が、どこか本末転倒であるような気持ちになられるのではないでしょうか。


参拝した寺社の歴史に思いを馳せ、それを取り囲む自然の息吹に身も心も任せ、そこにおられる神仏に畏敬の念を持って向き合う、そしてそこをかつて様々な思いを持って訪れた六十六部のような行者の思いや足跡にも向き合ってこそ「御朱印」を頂く価値があるのではないでしょうか。



六十六部廻国聖

法華経


現在、当記事は加筆修正した上で「女性の心と体を調えるスピリチュアルメディアAGLA(アグラ)」にて掲載されております。以下のリンクからお読みになれます。


『御朱印を再考する〜御朱印のルーツと今こそ見直したい「紙」から「神」への回帰』



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