• マーク・ケイ

月参りをすることの意味

最終更新: 2019年8月3日



多くの方は「開運」したい時、現状を何とか打破したいと思う時に、ネットや書籍、またはテレビなどのメディアを通して知った「パワースポット」と呼ばれる神社仏閣を訪れることが多いでしょう。


話題になっている「お守り」や「お札」などを購入し、神域にあるパワー漲る場所で時間を過ごす。一箇所に思いを込めて行かれるのならまだしも、何箇所も参拝をして願を懸けるという方もいらっしゃいます。


そして「願い」が叶わなければ「あのパワースポットは効果がない」と自分勝手な評価を下すこともあるかもしれません。


しかし、その神社の本殿に祀られているご祭神が直接動いて願いを叶えてくださるわけでもありませんし(実際に動かれるのは眷属神です)、神様が突然訪ねて来た初対面の縁も所縁もない人物の願いを全て聞き取って叶えていると、人間界の秩序やバランスは崩れてしまいます。


といっても、神様は誰がどんな願いを胸に秘めて自分の元を訪れたのかを、ちゃんと把握されていますし、神社を立ち去り、帰宅した後の参拝者の人生の道程や、心の置き方を「神社」と「神社」を繋ぐ、ある意味「神性のネットワーク」ともいえるものを用いて、後追い観察されているんです。


そこで重要になってくるのは、氏神様や産土様への毎月の「月参り」です。


遠くに住んでいる「憧れの師」の元へは、時間もお金もたくさん使って駆け付けて大事にするのに、近くに住んでいる「家族」の元へは、ちっとも顔を出さず、尊敬もすることなく、思いを寄せることもない・・・としたらどうでしょう。


この方は、人として大切なことを忘れていて、非常に利己的な気持ちが強くなっていることを表しています。実は私達の住んでいる地域の氏神様は、皆さんが「有名なパワースポット」で願掛けをしたことも「神性のネットワーク」を通じてご存知です。だからといって、それを疎ましくも、憎々しくも思ってはいらっしゃいません。


ただ、私達は氏神様へ参拝していなかったとしても、その土地の神様の愛ある恩恵を常に受けているんです。先ほどは「家族」に例えました。「家族」も同じはずですね?独り立ちして、家族と別な場所に住んでいる一人娘がいたとして、その娘が実家には全く顔を出さなくなってしまったとしても、親御さんは娘を恨んだりはしないはずです。「健康であってくれさえすればいい」「ちゃんと食べているだろうか」「悪い男に騙されてはいないだろうか」「楽しく毎日を過ごしているだろうか」と愛をもって気に掛け、心配し、案じているわけです。それは氏神様も同じなんですね。


それなのに遠くにいる「憧れの師」の元ばかりに顔を出している姿を知れば、少し寂しい気もするでしょうし、願いを叶えてあげたくても、本人が出向いてこなければ何もしてあげられないんです。「家族」の元に顔を出さないと、お小遣いもあげられないでしょうし、励ましの言葉もかけてあげられないでしょう。お母さんの作った懐かしくて温かい食事も食べられはしません。


氏神様や産土様、つまりお住いの地域の神様や、生まれた地域の神様を大切にすることの意味はそこにあるんです。


私は少なくともテレビなどのメディアで取り上げられる「パワースポット」と呼ばれる神社仏閣に足繁く通って願を掛けた方が、その後に真に「開運」されたというお話をそんなに多くは聞いたことがありません。


氏神様を大切にされる方こそ、「開運」されるに相応しい方だと思いますし、そういう方だからこそ、自分の手元にないものを必死で欲するのではなく、今既にある気付いていなかった、ささやかな幸せを、更に大きく実感されていく方だと思います。


さて、少し「月参り」の謂れについて触れてみましょう。


「月参り」というのは毎月1日と、15日に参拝することをいいます。


1日の参拝が「お朔日参り(おついたちまいり)」、15日の参拝は「十五日参り」です。

朔日(ついたち・さくじつ)」の「朔」とは「新月」を意味します。


現在、私達が用いている暦は「グレゴリオ暦(太陽暦)」で太陽の動きを基にして作られ、明治6年の元旦から施行されているものです。それ以前は月の満ち欠けを基にしながら、太陽の動きも参考にした「太陰太陽暦」が用いられていました。「太陰(たいいん)」とは「月」のことです。


地球から見て「月」と「太陽」が黄道を経て位置が重なり(同じ方向)、「月」の光が地球へほとんど届かなくなる日が「朔=新月」であり、この日が旧暦での1日となりました(「ついたち」は「月が立つ」という意味。「朔日」の「屰」は「元に戻るの意味」)。十五日には「月」と「太陽」が相反した位置関係となり「満月」となります。


この「新月」と「満月」の日に、神社へ参拝する慣わしが「月参り」です。「グレゴリオ暦」となった現在では、月の満ち欠けに関係なく、現在の暦上で「1日」「15日」に月参りを行うのが一般的となっています。


「月参り」は午前中の静謐な時間帯を狙って参拝される方が良いでしょう。そして「時間の空いた時に」とか「何かのついでに」ではなく「神社へ参拝するために」時間を割く「参拝を最優先する」という気持ちが必要です。


「月参り」に初めて行かれる際に注意して見て頂きたいのは、その日に参拝されている他の方の身なりや、佇まいや、所作、作法です。「月参り」を欠かさず行なっておられる方は、明らかに一般の参拝者とは違った雰囲気をお持ちになっていると気付かれると思います。


鳥居の前ではしっかりと一揖(会釈)をし、手水舎や拝殿での所作もスムーズで美しいでしょうし、柏手の音も大きく境内に響き渡っているでしょう。清潔感のある身なりをされ、背筋もピンと伸びているはずです。


自分の住んでいる地域の神様を大事にするということは、日頃守ってくださり、慈しみ下さっている神様に「愛」を返し、感謝するということ。先ほどから「家族」に例えていますが、それに倣えば「家族」の住む実家に顔を見せにいくということ。


そうすると当然、帰ってきてくれた娘や息子は可愛く、愛おしく思えるものです。神様も私達をそのように思って下さいます。そうすれば神様は、私達に聞く耳をもって下さいます。どんな悩みを持っているのか、どんな苦しみがあるのか、どんな夢や希望を持っているのか。それを神社で素直に話せば良いのです。


そうすると必ず神様はその思いに応えよう、力になろうと思って下さいます。「月参り」に来られる方の雰囲気が一様に違って見えるのは、その方々が神様から恩恵を受けているからです。神様と語らい、神様に愛され、そして愛を返したからこそ、何かを得ているんです。

得ているからこそ、自分に自信を持てるし、神様に失礼のないように所作も作法もよりしっかりしようと思える。恩恵に預かった分、身なりも綺麗に整えられる一定の経済力が持てるのです。


「月参り」に関わらず、神社に行かれる際は、心の中でも良いので神様に語りかけて下さい。私は自宅近くにある神社へ「月参り」に訪れた際は、神域の森の中に一人佇んで、声を出して神様に語りかけるようにしています。まず今の自分の状況を正直にお伝えをし、今後どうなっていきたいかをなるべく具体的にお話しします。希望だけではなく、それを実現させるためには自分がどんな努力をする必要があるかもお伝えをします。そしてその神社のご祭神のお名前をしっかりと言うようにしています。誰にお話をしているかを明確にするためです。自分の希望ばかりを言いますと、全てを神様に委ね切っていることになり、それは甘えにもなりますから神様は、それは本人のためにならないと、そうした他力本願な願いは聞いて下さらないからです。


「パワースポット」と呼ばれているような有名神社では、参拝させて頂けたことの感謝を伝えるだけに留めて、氏神様への参拝では日頃の感謝と共に神様と語らう時間を作るのが、マーク・ケイ流の参拝方法です。もし神様がその人の願いや思いに報いようと思って下さった折には、氏神様の命により眷属神が動きます。そして有名神社に参拝した時に前述した「神性のネットワーク」を通じて氏神の力が増幅したり、更なる後押しを受けることになります。ここでも大事なのはその元となる氏神様なんですね。


また「月参り」に大事なのは、その神社の「神使」である動物に関わる肉を参拝前夜に特に食べないようにするということです。ご祭神は寛大でいらっしゃるのですが、ご祭神の命を受けて実際に動く「神使」「眷属神」は、こうしたことを気になさるようです。


例えば稲荷神社へ参拝する時に、前夜に四つ足の動物の肉を食べるのは、なるべく避けるべきです。ですから、自分の行きたい神社の神様が誰であるか、また「神使」がどんな動物なのかを知っておくのは大事なんです。


氏神様がどこの神社であるかは、お住いの地域各県の神社本庁に電話で問い合わせをすれば教えて下さいます。分からない場合は、お住いの場所にほど近い、自分が鳥居をくぐって居心地の良いと感じる神社へ参拝をされてみても良いと思います。


マスコミや他人が賞賛する「パワースポット」よりも、自分だけの「パワースポット」を作って、そこを「家族」のいる「実家」だと思って通い続けましょう。きっと様々な場面で助けてくださることでしょう。


余談ですが「パワースポット」という和製英語は誰が最初に言い始めたのか、ご存知でしょうか。それは日本を代表する超能力者・清田益章さんです。


少年時代から、その類い希な超能力でマスコミを賑わせました。今でも「スプーン曲げ」の力は健在です。そんな彼が東京・荒川の土手を歩いている時に、突然に全身に力が漲るのを感じました。まるでスポットライトを浴びせられたように目の前が明るくなり、力が漲る。そんな場所を「パワースポット」と名付けます。後で調べると、その場所は遥か昔に神社だったことが分かります。


ここでお分かりの通り「神社がパワースポット」なのではなく、「パワースポットに神社が建っている」のです。


またこの話の続きはいずれかの機会に。


photo:©️マーク・ケイ


現在、当記事は加筆修正した上で『"女性の心と体を調える新感覚スピリチュアルマガジン"AGLA(アグラ)』にて掲載されております。以下のリンクからお読み下さい。


『"月参り"で人生は変化する!遠くのパワースポットよりも氏神様を心の糧に』



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