• マーク・ケイ

愛する人を亡くしたあなたへ

最終更新: 2018年9月1日

今日は1本の映画を通して「死」と「生(愛)」について考えてみたいと思います。


【パレルモ・シューティング】

ご紹介する映画は2008年に制作された『パレルモ・シューティング』 監督はヴィム・ベンダースです。

私はこのヴィム・ベンダース監督の大ファンで、中学時代に公開された「パリ・テキサス」で完全に彼の描く世界に魅せられ、以降の作品「ベルリン・天使の詩」「夢の涯てまでも」「時の翼にのって / ファラウェイ・ソー・クロース!」も何度も繰り返し観た程でした。


『パレルモ・シューティング』という作品を簡単に言い表すとするならば・・・

「死」との邂逅によって「生(愛)」を見出していく物語だと言えます。


世界的な名声を手中にして活躍する写真家のフィン。 彼は写真にデジタル処理を施すことによって新たな現実を創出していました。

日々仕事に追われる彼は心身共に疲れ果て、いつも「死」にまつわる夢を見てしまいます。

そんなある日、フィンは車を運転しながら風景を撮影していると、偶然にもある男を写真に収めてしまい、そのせいで危うく大事故を起こしそうになります。

そんな時、撮影で訪れたイタリアはパレルモの街にすっかり魅せられ、彼は撮影後も滞在することに決めるのです。

パレルモでの休日を満喫していた彼ですが、矢で彼を射ろうとする謎の男に追われます。 フィンはやがてその謎の男と対峙することになります。

その男の正体とは「死神」であり、そして「死」そのものでもあるのです。 (役名はフランク。デニス・ホッパーが演じています)

「死」はフィンにこう語りかけます。

『フィン 君は人生を敬っていない』

『別に写真に恨みはない。 見事な発明だと思う。 私の仕事に役立つ。 "死の発現"

写真とは本来そういうものじゃないか。 "生"の捕捉だ。

"ネガ"というものは人生 そして光りの反対面だ』(死)

『今のカメラは違う デジタルの時代だ』とフィン。

『それが問題なのだ。 デジタルは実在を保証しない 好き勝手に手を加えられる すべてが混乱し

いい加減なものになり 本質は失われる それこそまさに君が失ったもの 君は世界を恐れている 本当の光

本当の闇をわかるか 君は現実を飾り

さらには再生しようとする それが死の恐怖だ』(死)

『生がわかるのか』(フィン)

『私の本質を知らぬな 私は生を愛しているのだ 私なしには生は理解出来ない』(死)

『うんざりだ

悪人を演じるのはつらい。 私は優しいのに。 皆 私を残虐だと思う。 私は始まりだ。 行き止まりなんかじゃない。 唯一の出口なのだ。 なぜ これほど 私を誤解する。 誕生の手助けは感謝される。 だが私も同じなのに忌み嫌われる』(死)

『俺に何か出来ることは?』(フィン)

『今何と?』(死)

『あんたを助けたい』(フィン)

『そんな言葉を! 初めて聞いたよ。

君にやってほしいことは・・・』(死)

『何だい?』(フィン)

恐怖をすべてなくすこと。 つまり・・・わかるかな? 私を敬え』(死)

『どうやって?』フィン

『私の本当の姿を示すのだ。 私は彼らの内側にいる。 私自身の顔は己自身の顔。 醜い死神は人々の思い込みだ』(死)



【死を忌む日本】


つまり、死というものへの価値観とは、私達の生への取り組み、考え方、心の在り様とイコールであるということなのです。

私達は、日々「死」に向かって生きています。 これは、この世に生を受けた以上、避けられない、逃げられないものです。

そして同時に、人として生きている以上、必ず愛する人を「死」によって失うことにもなります。愛する家族、友人、恋人、そうした人々と共に同じ時間軸を私達は生きていますが、それはつまり「死」への道程を共に生きているということですし、愛する人と共にある残り時間は止まることも、増えることもなく、刻々と消費されていきます。

それほど私達は「死」と密接に繋がって生きているにも関わらず、その「死」を恐れ、見て見ぬ振りをしているかのようです。

私は常々こう考えています。

日本人は「死を忌む」文化を持っています。

死を忌まわしいものとして捉え、通夜や葬儀の帰りには塩を撒いて穢れを祓います。「死」という穢れを家の中に持ち込まないためです。「死」が穢れだとしたら「人間」そのものが穢れた存在であるということになってしまいます。

まるで『死』というものを擬人化し、自分自身と切り離そうとしているようにしか思えません。『死』とは自分自身であるにも関わらず・・・。

死は徹底的に秘匿(ひとく)され、垣間見てはならないものとされてもいます。

死と向き合うのは近親者やペットの今際の際(いまわのきわ)か、映画やドラマのフィクションの世界だけ。死と分離した、いや隔絶された世の中であるような気がします。

事件や事故、災害のニュース映像でも倫理という見えないルールによって死は隠されています。しかし厳然と死は存在し、むしろ私達そのものが死を内包して存在しているのです。

中南米やアフリカ、アジアの一部地域などでは、ニュース映像などで遺体が映し出されるシーンが日常的に放送されたりします。「死」を秘匿された環境で生きている日本人からすれば、それはおぞましい映像にしか見えませんが、しかし、そういった国の葬儀ほど明るく、日本のような悲壮感は感じられないものです。勿論、亡くなった人との別れを惜しみ、涙に暮れ、悲しみはしますが、その悲しみは次第に「祝福」へと変化します。故人の天国への旅立ちと、第2の生を祝うのです。

こうした国では「死」は開かれたものです。そして多くの人々が明確な「死生観」を持ち、「死」と「生」が一体のものであることを熟知しています。


【10代で考えた「死」】


私が「死」について深く思索するキッカケとなったのは遠藤周作さんの1987年の著書「死について考える/ この世界から次の世界へ」10代の頃に読んだことです。


この著書の中で『パレルモ・シューティング』のフィンのように、遠藤さんも「死」についての夢をよく見ることを書いています。


例えば自宅の部屋の中に遠藤さんがいるのですが、その部屋の向こう側の部屋は死んだ者の部屋で、その部屋から芥川龍之介が遠藤さんの元へやって来て、向こうの部屋へ一緒に行こうと誘うのを、遠藤さんは「嫌だ」と拒むのです。

この本で印象に残っているのは、人は外国旅行をする時には、行くべき国のホテルや食事や交通機関や天候について調べるのに、死後に行く世界について人は、知ろうとしないと語られている部分です。


勿論、死後の世界についてのガイドブックはないし、手掛かりは何もないけれど、人は「死」が身近なものになると、今まで気にもしなかったことが意味を持って話しかけて来る、病室の窓から見える夕暮れの樹、どこかで歌っている子ども達の歌。生活の中でこれまで当たり前に存在していたものが、価値がないと思っていた、それら1つ1つが人生の中で大事に大事に感じられて来るのだと書かれています。


そして人は「死に支度」をすることが大事なのだとも。「死に支度」とは何も死ぬための準備をするという意味ではありません。やがて旅立って行く次の世界から、かすかに聞こえて来る音に、じっと耳を傾ける心の在り方を形作っておこうではないかということです。


つまりそれは「死」について考える時間を持ち、「死」は紛れもない自分の一部だと実感して生きることに他ありません。その心の在り方が「生」に反映されるのです。


もう1つ、10代の頃に印象的なことがありました。友人がメキシコへ旅行に行き、観光地や町並み、人々の暮らしの何気ない光景をつぶさに写真に撮って来て、見せてくれたのです。


その中の数枚に目が止まりました。それは「死者の日(Día de Muertos)」といわれる故人へ思いを馳せる盛大な祝祭の模様を写したものでした。

日本のお盆と似た風習ですが、厳粛な雰囲気は一切なく、人々は笑顔に溢れ、町はオレンジ色のマリーゴールドの花で飾り付けられ、賑やかそうです。


メキシコ人にとって「死」は恐れる対象でも、秘匿してしまう対象でもなく、「死を笑い」「死と親しみ」「死と戯れる」という基本的な態度があるそうなのです。

こうしたメキシコ人の死生観は、アステカ文明に起源があるようです。


アステカの人々は「死」を「新しい命へと生まれ変わる1つの過程」に過ぎないものと考えていました。「死」とは「終わり」ではなく「永遠の生への1つのステップ」に過ぎないというわけです。

先ほどニュースなどで遺体が映し出されるシーンが日常的にあり、そうした国ほど明るく死者を弔うと書きましたが、その典型がメキシコのような気がします。勿論、治安の悪さもあるでしょう。しかし、もう少し考えを深めてみると、気付くことがあります。しっかりとした死生観を持って、明るく死者を送る国というのは、その建国の歴史に迫害や圧政や貧困といった厳しい現実があった国が多いのです。


つまり命の危険に晒され、いつ死んでもおかしくないという状況にあってようやく「今日という一日を如何に生きるか」に意識を注ぎ、「今日も生きてここに在るということの奇跡と喜び」を大切に出来るのです。まさに「死」と「生」が地続きのものであることが分かります。

友人が撮って来た写真の中に、もう一つ私の目に止まった写真がありました。それはグアナファトという町にある「ミイラ博物館」の写真です。赤ちゃんから大人まで、たくさんのミイラが整然と並べられています。このようなミイラ博物館という存在が成り立つのも、メキシコという国が「生」と「死」を相反するものとして捉えていない証拠でもあるでしょう。


先ほど書いた明るく死者を弔う国というのは、得てして土葬が中心です。日本人が「死」を徹底的に日常生活から排除し、恐ろしいものとして捉えて来たのは「火葬」という風習が定着してからです。遺体を灰にすることで「死」を遠ざけたのです。日本人が「4」という数字を嫌い、避けることにも「死」への恐れが端的に表れています。

メキシコ人が底抜けに明るく、質素でいながらも、人生を謳歌しているように見えるのは「死」を明るく捉えているからでしょうし、「死」を恐れていないからでしょう。「死」と「生」は相反せず、一対の存在であることを教えてくれます。


【弱体化する「生」】

『パレルモ・シューティング』で「死(フランク)」も言う様に、赤子の誕生は祝福を受けますが、『死』はおぞましいもの、穢れたもの、哀れなもの、無、恐ろしいものという連想によって我々には容易くは受け入れる事が出来ないし、直視することも憚れるものとして取り扱われます。

こうした『死』を忌む文化は、『生』の弱体化を加速させます。

小学生や中学生の時代から、日本人は確固たる「死生観」を育み『死』と『生』が一体のものであること、「如何に死ぬかということを考えることは、如何に生きるかを考えることである」ということを教えて行かなければならないのではないでしょうか。

今の日本人の心の闇には、この「死生観の欠落」がハッキリと影を落としている気がしてならないのです。

戦中、戦後すぐには図らずも『死』というものが今よりも身近にあったはずです。空襲などによって命の危険は日常的なものであったでしょうし、食べるものにも事欠いて「餓え」という切迫した状況もあったでしょう。

昭和の古き良き時代は、それらがやもすればストッパーとなっていた部分もあるのかもしれません。「死」を意識して生きていると、自分の心も、人の心もクリアーに見えて来ます。

現代は個と個が分離し、自分の目先のことしか考えられない侘しい世の中になっています。人を平気で愚弄したり貶めたりもする。人の心を想像出来ない社会になってしまっている感があります。

つまり『今』という時間軸をどう捉えるかという感受性をことごとく喪失させてしまっていて、それはすなわち『死生観』とも直結してくる問題なのだといえます。

この『パレルモ・シューティング』でデニス・ホッパー演じる「死(フランク)」がフィンに語りかける様に『死』とは私達の顔です。つまり如何に生きているかの姿勢を示しているからです。

「死」は「生」を愛しています。 「死」は私達の内側にいつもあります。 「死」を内包した存在が人です。 「死」は敬うべきものです。 「死」に多くの誤解を抱いているのが人です。

それが「死(フランク)」の台詞からも分かります。


【死と生と愛】

愛する人を亡くしたトラウマに苦しむ人は多いでしょう。

私自身も、両親どちらの死に目にも会えず、病床で看取ることが叶いませんでした。 そのせいで随分、自分を責めました。

一人寂しく孤独に逝かせたことが罪悪感として私の身に重くのしかかりました。

愛する人の「死」そしてトラウマは「生」ひいては「愛」の枯渇へと繋がります。 際限なく自分に愛を与えてくれ、それだけで満ち足りて凛としていてくれる存在が、自分の元から旅立ってしまうことは、自らの存在意義を危うくし、大きく揺るがせるものです。

愛する人、愛を送ってくれる人は自分にとっては「魂の港」でもあります。それが失われれば大海原に航海に出ていても立ち寄って給油をしたり、食べ物を積み込んだり、休養を取ったりする場所をも失ってしまうことに等しいわけです。港に船を着けられなければ、いずれ燃料切れで漂流するしかありません。

愛する人は、自分を承認してくれる人でもあります。抱きしめてくれる人でもあります。そこに「存在」していて良いのだと認めてくれる存在でもあります。愛する人を失うということは、それらが満たされないことを意味します。


そうすると人は、それらが満たされないために生じた「不安」や「恐れ」や「怒り」を表現する手段さえ失って、無意識のうちに自分自身を抑圧していきます。それでも周囲の期待に応えようとしたり、心配をかけたくないという思いにかられ、その時々の自分の環境や状況に適応しようと努力を続けます。


自分の内側に知らぬ間に蓄積した「欲求」や「情動」がその都度解消されずに滞ると、人は心と身体を分離させ、それ以上自分が傷付かないように自らを防御しようとします。

傷付いたり、動揺することに敏感になり、何かから意識を逸らせようとするばかりになります。「死」の本質を問う心の余裕もなく、「死」は自分から愛する人を奪い去っていく嫌悪すべき対象、恐れるべき対象になっていきます。

先ほどの「死(フランク)」の台詞にもあるように、「死」は「生」を愛しています。「死」は「生」でもあるのです。それは別世界ではなく地続きです。

「死」を否定し、「死」を恐れ、「死」を直視出来ない限り、「生(愛)」もまた、その人にとって自分を傷付けるものだという「恐れ」を植え付けることになります。

「愛」を恐れ、「愛」を拒むと、「生」は輝きません。 「生」が輝かなければ、「死」へ光が届きません。

「愛」を受け入れ、自らも「愛」を表現する時、「生」は輝きを見せます。

「生」が輝く時、「死」は優しい光を放ちます。

「死」は「生」によって照らされ、「生」は「死」によって照らされるのです。


先に旅立った愛する人は、第2の生を生きています。

肉体という窮屈な縛りから解放されて、若返り、新しい自分の役割に勤しんでいます。

愛する人が、生前どんなに苦しい環境であっても、それが無駄になることはありません。

第2の生で、その生前の労苦が活かされます。

私達は、旅立って逝った人が、その「死」を以て何を伝えようとしているかに、耳を澄まさなければなりません。悲しみだけに没頭して「死」を評価出来ないと、その「死」が送ってくれるメッセージに気付きません。そのメッセージを受け取る感性を持つことが、先に旅立つ人へ報いることに繋がるのです。旅立った人が残した「生の確かな営み」に心を寄せることが大事です。

何年も闘病した人が亡くなれば、その苦しかったはずの闘病の日々を労いましょう。そして痛みや、不自由だった身体からの解放を祝いましょう。そして同時に、その病で苦しむ、まだ命の灯火を燃やし続けている人々に心を寄せましょう。その「死」を契機に、「死」や「生」について真剣に考え、自分の人生をしっかりと生き抜く決意を示しましょう。


自分でやむを得ず命を絶ってしまった人がいれば、その「死」を選択せざるを得なかった背景に心を寄せ、想像しましょう。そして自ら「命を断った」ことを断罪せず、その決断が如何に辛く、究極のもので、切迫したものだったかを理解しましょう。そして今はやっと生前の苦悩から抜け出せたのだね、と言ってあげましょう。また同時に、同じように「死」を選択しなければならないような苦悩のさなかにある悩める人々の存在や、心の叫びに気付いてあげる想像力を育みましょう。その「死」を契機に、自らの生き方を問い、利他的な視点を忘れず、人生を楽しんでいく宣言をしましょう。


天寿を全うした人がいたら、声高に「ご苦労様でした」と、その人生を労いましょう。そして第2の生も楽しんで欲しいと笑顔で送り出してあげましょう。そして同時に、この戦後の日本を持ち前の勤勉さと真面目さで形作ってくれた、全てのお年寄り達に感謝をして、これからも平和な日本を維持していきますと安心させてあげましょう。


このように「死」について考えることは、「生」を愛おしむことに等しいのです。

「死」抜きで「生」は語れず、「生」抜きで「死」も語れません。

そして「生」も「死」も「愛」で構成されている事実に気付かなければなりません。

私自身も、多くの友人や知人、家族を亡くして来ました。自分で命を絶った友人も何人もいます。そして私自身も、自分で命を絶とうとした1人です。「生」と「死」と「愛」は誰の人生に於いても大命題であることを忘れてはなりません。


愛する人を亡くしたら、送る側の立場ではなく、逝く側の立場に立って「死」を見つめてみましょう。その死を惜しんでくれるのも、すがりついて泣いてくれるのも有り難いはずです。

病室や葬儀場の上から、ご家族や親類や友人たちを心配そうに見つめるでしょう。

『そんなに悲しまないでくれ、私は「死」という名の進化を遂げただけなんだ。重苦しい肉体を脱ぎ捨てて、本当の意味の自由を手にした。先に旅立った家族にも再会出来る。これがどんなに幸せなことか分かるか?私の父や母や、祖母や祖父、かつての親友も迎えに来てくれて、そちらよりも賑やかだ。皆、老いから脱して若々しい。


肉体がないからどこへでも好きな場所へ行ける。だからこそ生きて肉体を持っていた時よりも君たちとは距離が近いんだ。でも、きっとそれには気付いてもらえないのだろう。悲しめば悲しむほど、「死」を嫌悪すればするほど、君たちと私とのこの距離の近さに気付けなくなることを知って欲しい。それでも、気付こうが気付けまいが側にいることは事実なんだ。


私のために嘆いたり、悔やんだり、自分を責めたりしないで欲しい。私を思い出してくれることは嬉しいが、いつまでも私の記憶だけで人生を成り立たせようとはしないで欲しい。「死」とは2つの構成要素があるんだ。1つは「肉体の死」そして、残して来た家族や愛する人達の「記憶の中での死」なんだ。適度に忘れ、適度に思い出してくれればそれでいいんだ。


私が先に旅立ってしまったが故に、不幸な人生を送り、愛に餓え、生きる気概を失ってしまうとしたら、それを上から見下ろしている方がずっと辛い。家族や愛する人の辛さは、こちらの世界でも我々と共有することになるんだ。だから私も辛いんだ。


私が肉体を失ったからといって、生前の魂も精神も思考も失われたと思ってはいないかい?それは大きな間違いだ。自分の目の前にある形として存在するものしか信じようとしない人間の無知さや愚かさがそこにはある。「それは違うぞ!」と君たちの耳元で大声で叫んで訴えたいくらいだよ。しかし、それが間違いであることには自分自身で気付かなければならない。それが成長というものであり、気付きというものだ。


肉体を失ってよく分かったよ。ここに来てそれが自然と分かるんだ。それにここにいる先輩達も教えてくれる。生きている時に感じた苦しみや、寂しさや、痛みには全て意味があったってことがね。生きている時には、その苦しみからすぐに逃れたいと思ったものだけど、今思えば、もっとあの苦しさを味わい尽くせば良かったと思っているよ。その意味するところがいずれ君達にも分かる日が来る。今は分からなくてもいいんだよ。


さぁ、これからは悲しみの中に佇まないで、自分の人生を楽しみなさい。そして人のためになりなさい。愛しなさい。受け入れなさい。冒険をしなさい。許しなさい。手放しなさい。

君たちがそうしてくれたら、私も心置きなく「第2の生」を思う存分満喫出来るし、こちらで授かった仕事や役割に熱中出来るよ。私にだって、こちらで仕事があるんだ。ずっと君たちに張り付いて見守っている訳にもいかないけれど、君たちが私を求め、私の力を借りたいと願う時には、すかさず手助けをするつもりでいるよ。だから心配せずに自分の人生を生きて!


それが私の願いであり、幸せに繋がるもの。「死」や「生」や「愛」を決めつけたり、誤解したりしないで欲しい。棺桶に入った遺体や、遺影ではなくて、その光景を見下ろすように存在する私に向かって合図をくれたら嬉しい。私はここにいるから。

君たちは、その与えられた人生を全うして欲しい。全うした暁には、こちらで再会しよう!』

そう、故人は言っているかもしれません。


『パレルモ・シューティング』の劇中、フィンはパレルモの街で羊の番をする男にこう言われます。

『母親に最後に会ったのは?  最後の散髪はいつ?  何事にも最後はあるが、人は気付かない  いつもこれが最後だと思うことだ  最後の羊の番  最後に目にする他人  君の涙を見るのも最後  すべてを正面から受け止めるんだ』

今日、目にするものが人生で最後だと思えば、その対象に優しくなれるし、その時間を愛おしめる。自分の目の前に広がる世界をしっかりと受け止めることの大切さを教えてくれる言葉です。

今日、貴方が出会う人々、景色、風、匂い、それらが人生最後のものだと思って、毎日を生きてみよう。きっと全てが自分を祝福してくれているかのように感じるでしょう。

そして『死』とは忌むべきものではなく、抱き締めるものなのだということを心の片隅において生きてみましょう!

最後に・・・

フィンは死との対峙を果たして目を覚ます。

『どのくらい時が経った?  数日?1~2週間?永遠のようだ。 そして長い時を経て ようやく"今"がある。 この瞬間は続いてゆくだろう。  知るために。  だから君も・・・』

 『あなたも・・・』(フラヴィア)

*この作品でフィンはフラヴィアという女性に出会います。フラヴィアも「死」についての苦悩を持った女性です。フラヴィアはフィンが長年の自分の疑問や苦悩を払拭し埋めてくれる人だと気付き、フィンも彼女の存在に運命を感じます。



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#死生観 #心の在り方 #死 #生 #愛

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