• マーク・ケイ

盲信する前に

最終更新: 2019年8月3日



今回の記事は過去に他媒体で「信じない方が良い占い師・スピリチュアリスト」というタイトルで10年近く前に執筆したものです。少しだけ加筆修正致しました。

こういう占い師や、スピリチュアリストは信じない方が良い、というものをいくつか挙げています。


私の様な立場の人間が、このような事柄について書くのはタブーなのでしょうが、この仕事を始めてすぐの頃から「スピリチュアル業界」の現状には強く危うさを感じていたのです。

そうした思いを何卒、ご理解の上、読み進めて下さい。


スピリチュアルカウンセラーと名乗っている

*肩書きは最大のアイデンティティです。その肩書きによって何を思考しているかが透けて見えます。江原氏の専売特許である肩書きを用いる安易さは自らの思考と思想の浅はかさを示していると言わざるを得ません(では江原氏の登場前は何と名乗っていたのでしょう?それとも江原氏の登場によって、同じような能力のある人が次々と表に出て来たのでしょうか)。最近は高額の受講料を払えば「スピリチュアル・カウンセラー」の資格が取得出来る講座があります。


つまりこの肩書きを名乗れば世間一般に訴求力があり、「資格」を売る方も、買う方も、経済的に潤えるということでもあります。「スピリチュアル」の名の下に「資格」を量産すること、またそれを取得したいと思う気持ちも、「スピリチュアル」の本質を一向に理解していない証明となってしまいます。


「スピリチュアル・カウンセラー」の肩書きを数十万円払って取得することで、本当に人を導いたり、癒したり、霊が見える様になったりするでしょうか。このような有様を見て、きっとあちらの世界で霊達は肩を落として嘆いているに違いありません。


また「資格商法」というのはスピリチュアル業界に限ったことではありません。様々な資格を量産すれば確実に儲かるのです。本当に人を助けたいのならば、資格を高額で授与するよりもっと他の手法があるはずだと思いますし、取得しようと思う側にも、もっと違う方法で世の中に自分の個性や能力や感性を発揮する方法はあると思いますし、それが発見出来ないことは、ある意味その人自身にも増して社会的にも不利益です。こうしたシステムそのものが、人間の弱さや儚さの凝縮と言わざるを得ません。


「前世」「オーラ」を診断出来るとしている

「前世は存在するの?」

「オーラについて」


プロフィールに「神秘体験をした」「数々の修行をした」と書いている

*自らを誇示したい欲求の表れです。修行や神秘体験では能力も人格も計れません。


宣伝文句や評判は除外した上で外見や顔を見て嫌悪感がある

*直感は大抵、当るものです。多くの人は直感を得ても、その後に取得する様々な外部からの情報を元に、その直感で得られたものを排除してしまい、外部からの二次的、三次的情報によって、その善し悪しを判断しようとしてしまいます。口コミであったり、雑誌やテレビの情報であったり。しかし自分にフィットするかどうかは、直感に頼る方が正解です。


持っている資格を列記している

*お金を出せば資格を得られ、その名目の傘の下に守られて商売が出来ると安堵し、尚且つそれを対外的に誇示している行為です。人を癒したり、幸せへ真に導くのにさほど資格は有用ではないはずです。また資格そのものが資格商法で荒稼ぎをするために作られたような違和感ある資格であれば、それを取得、誇示している行為は、その商法に自ら率先して手を貸していることになってしまいます。つまり資格を量産して与えている者、その資格を欲し誇示している者が同じ精神レベルで引き寄せられ、類は友を呼ぶという状態になっていることを示しています。大抵こうした背後で動いているのは「低級霊」達です。資格を量産する商魂の逞しさ、誤ったり隔たった霊的知識を有している側と、その資格を欲してしまう側の心の弱さ、不安さこそを「低級霊」達が弄ぶのです。


この仕事に就きたくて就いた、習ってなった、憧れてなった

基本的にこれらの仕事は「選択」してなる、「習って」なるべきものではありません。また憧れや夢、職業選択の範疇にも属すものではありません。なるべくしてなる、拒んでもその道へ行かされるという運命、宿命に基づくものであるといって良いでしょう。よって占い師になりたいと思ってなった者、誰かの影響を受けてなった者に、その素養がないケースは多いといえます。


メンタルヘルス、精神医学に理解や知識、経験がない

*かなり重要な要素です。心を病む人達の気持ちに立ちいかにケア出来るか真価が問われます。スピリチュアリストにとって最も標的にされ易い心の病を持った人。心の救済の為に何でも妄信してしまう人を利用するスピリチュアリストは多いのです。しっかりとメンタル的な問題を俎上に乗せる経験と感性を持った人こそが本物といえるでしょう。


スピリチュアリストなのに、自分がスピリチュアルマニア、おたくになっている

*本当のスピリチュアリストは自分の能力をツールと割り切っており、興味の矛先が他へ向いています。スピリチュアルを仕事にしているにも関わらず、口をついて出る言葉は癒しやスピリチュアル、ハッピー、ラッキー、ミラクル。ブログなどの日記も全てスピリチュアルというのは、スピリチュアルな世界が心の奥深くに根付いているのではなく、自分に言い聞かせなければ日々をやり過ごせないからです。そしてそれが趣味と同じ世界観で成り立っているからだといえます。


自分の弱さや愚かさを語らず、自分を高みから下ろそうとしない

*如何に自分が一般の人と違うのかだけをアピールする人は多いでしょう。そうした人々が本当の意味で人に寄り添い、同じ目線に立ってアドバイスが出来るでしょうか。本当はこうしたスピリチュアル的な職業をなさっている側も、かつては救われたい、癒されたい、心の痛みを持たざるを得なかった1人の繊細な人間だったはずです。自分自身が最も癒されたかった人間であり、私と貴方はちっとも変わらないのだと宣言が出来る潔さを持った人こそが、真のスピリチュアリストなのではないでしょうか。自分の傷口や人間っぽさを曝け出せることは、完全無欠であるよりも尊いことなのです。


過剰な宣伝広告をしている


物販・セミナーに力を入れている


あまりに高額な鑑定料金を取る(必ずしも安ければいいというわけではない)

*逆に無料ほど怖いものはないし、そこに責任は求めることができません。安価すぎるのも良くありません。


過剰なメディアへの露出

*メディアに出ているから信憑性がある、テレビであんなに凄かったから絶対に当たっていると思っている人は多いようです。しかしテレビは虚飾の世界。メディアは常に第二、第三の江原氏、細木氏を探しています。占い師ブローカーのようなスカウトマンが暗躍していたりもするのです。1人の占い師をメディアに登場させ、まつりあげると携帯コンテンツ、テレビ、雑誌、書籍、イベントなどで多方面で多額の利益が生じる。そのマネージメント料や斡旋料を目的にして占い師やスピリチュアリストに近付く人がいるのも事実です。


そうすると占い師は顔も売れ、信憑性があると思われ、鑑定料金は跳ね上がります。こうした利害関係で成り立っているわけです。利害があるということは、メディアに出る時はそのイメージは壊せません。一旦壊れると積み上げて来た利益の種が一瞬で崩れるからです。鑑定などの収録は巧妙な演出が施されます。テレビをそのまま信じるのはかなり危険だということ。実際の満足度は、占い師やスピリチュアリストのその時のコンディションなどを鑑みても、半分ほどだと思っておいた方が良いかもしれません


「貴方の守護霊は・・・」と守護霊を安易に教える

*これも能力の一種の誇示だと言わざるを得ません。守護霊自身が、自分の存在を教えるなという場合も多くあります(そもそも守護霊が当人に自分が誰であるかを知ってもらおうと思うことは、ほぼありません。未成仏霊などは成仏したかったり、訴えたいことがあるわけですから、自分が誰であるかを名乗ろうとしますし、時には人を翻弄する為に自分の正体を偽ろうとします。反対に守護霊はその当人を「守護」する役目を与えられている時点で、その当人に自分が誰であるかを名乗る必然性すらないのです)。すぐに守護霊の話をするのは、そうした守護霊の声も聞こえていないのかもしれないと考えた方が良いでしょう。


スピリチュアルを一つの商材と考え、あらゆるものに手を染める

*例えばパワーストーンの販売など。鑑定を行うにあたって必要なもの、それを補助するものを売る行為は妥当かもしれません。しかし過剰に物販などに力を入れているのは、占いの本業を補完するためであることを忘れない様にしましょう。


一貫性がない。言動に論理的、宗教的錯誤がある


神や天使や高次の存在からのメッセージを伝えるという

*自身が精神的な病にあるか、低級な霊に騙されているケースが多いのです。龍が見える、天使や仏様が私に仰っている、という霊言的な鑑定をするケースがあります。実際にそのメッセージを受け取っているとしたら実際にそのメッセージを受け取っているとしたら世界的に見ても稀有な能力者です。そのほとんどは、実際にそれが見えたり、聞こえたりしていても、それは心理的、脳科学的な産物か自己暗示によるものであったりもします。またはその人に引き寄せられた(精神的に近いため)低級な霊がその人物をからかったり、何らかの意図や目的の為に姿を変えて天使や仏様になりきっている場合があります。さらに自分を誇示する行為の方便(虚言)としても使われます。


復活愛をうたう占い会社

*占いは普遍的なもの。消費者の求め、ニーズに応えるのは商売人の論理。別れた事にさえ意味を見出し肯定的な意識を植え付ける事の方が大事であるはずです。誰にでも復活愛が可能だと、復活愛を安売りし、棚に並べる行為はまさに商売の論理です。


かつて『スピリチュアル(精神世界)』は少し怪しげで、誰彼構わず近付く世界ではありませんでしたし、一種胡散臭さも漂っていた世界でした。昔はそのおかげで『スピリチュアル』と一般の人が上手く一定の距離感を保っていた訳です。好奇心や探究心が旺盛で、不思議な世界に惹かれた一部の人が立ち寄るものだったのに、いつの間にか『スピリチュアル』はポピュラリティ(大衆性)を獲得して、自分の痛みや葛藤を癒す為の特効薬、対処療法として誰しもがその効用に預かることが出来る様になりました。


しかし物事はポピュラリティ(大衆性)を獲得するごとに、その本質は曲解され、そこ(本質)に到達することが困難になることは自明です。ポピュラリティ(大衆性)を獲得し、得たものは、すなわち「産業化」し「利益追求型」の思考へ陥ってしまいます。本来はあるはずもなかった「利益追求」のための都合の良い論理や価値観が形成され、それがあたかも最初から存在していたかのように、妄信、拡散されて行くという状態が、この『スピリチュアル』の世界では、もう長く続いています。


私自身、その一角に座して「占術」を生業にして生きているのは、居心地の悪さや息苦しさも感じたりするのが正直なところです。だからこそ、ここに挙げたまさに「ポピュラリティ」の弊害ともいえる項目に、自分自身が当て嵌まらない様に、常に自分を戒めて、省みていかなければならないと思います。


難しいのは、ここに書いたことに当て嵌まる人に相談したとしても、それなりに問題を解決出来たり、癒されたりもするということです。しかし、そこで得られた「癒し」に持続性はあるのかは疑問です。誘導されたり、操作されたり、絡めとられたり、この「産業化」したシステムの中で得られた「癒し」は、本当に「スピリチュアル」の真意を体現したものでしょうか。『スピリチュアル』は依存し、何かを直視せず、自発的発想を封じ込める心の状態の中には宿りません。


皆様が、悩み、痛み、葛藤を真に理解してくれる、心ある鑑定師の方に出会えますよう心から願っております。



現在、当記事は加筆修正した上で「女性の心と体を調えるスピリチュアルメディアAGLA(アグラ)」にて掲載されております。以下のリンクからお読みになれます。


『【占い師本人が提言!】占い師・スピリチュアリストを安易に信用する前に、気を付けるべき大事なこと』



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